森山大道、写真はアートであってはならないという発言の本音:写真はアート手法の一つとしたウィリアム・クラインと共同展覧会を開いている事実

日本のストリートスナップの第一人者と、21世紀に目されることも多い(木村伊兵衛がストリート写真で有名だったんですが、木村伊兵衛賞とかいう本人の名声を食い物にする朝日新聞の寄生虫がそれを壊しちゃった)、

の名言の一つとして、

写真家・森山大道の言葉 2021.1.4 https://brutus.jp/photo_daido_words/ 

【「写真が、カメラマンがアートなんぞを志向したら、それはもう、自殺だよ。アートの連中が、カメラを使うのは勝手だけど、カメラマンが、カメラ使ってアートするなよ。」】という発言が『過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい』青弓社にあったとしていますが、

この青弓社の本は、1969年から2000年まで、森山大道があちこちで出版した対談などを再編集した本で、

面白いのは、森山がボケブレアレを使って大ブレークした、1950年代後半から1960年代前半のころの発言ではなく、ボケブレアレの反動から、中平を含めた彼の仲間たちが、ボケブレアレは間違っていたと、カメラ毎日編集部の山岸が、新たに提唱したアメリカのストリート写真のコンポラ写真(記録に徹して、ボケブレなどの表現テクニックを控える)にマンセーしだした時期からの発言なことを注意すべき

どうも、カメラ毎日の名物編集者だった山岸と、森山大道、中平卓馬は、歩調を合わせたように、ボケブレアレをはやらせて飽きられたり批判が多くなると、1960年代終わりごろから、逆方向のコンポラ写真がこれからの表現だとか

それまでのは逆に写真のアート的性格を持った創作に否定的になる時期があったんです

森山大道も、「写真よさようなら」とか言い出して、それまでのボケブレアレ作風の否定に走った時期があります

というわけで、森山大道の、写真はアートを目指してはならない とかいう発言も、自分のボケブレアレ作風に嫌気がさした時期というのもあったかもしれないが、彼を有名にさせたカメラ毎日山岸などの、次の写真のはやりの作風を仕掛けるための、意向に沿って、発言した可能性があります

というのも、森山大道は、写真で影響を受けたアメリカのウィリアム・クラインを敬愛しつづけ、

そのウィリアム・クラインは、写真で画家の手法を実現する、「写真をアート作品としてとらえる」ことを生涯の目標としていて

21世紀には、森山大道は、ウィリアム・クラインと並んで共同で個展を開きます

というわけで、過去に森山大道が、写真はアートであってはならない、それを志向するものはカメラマン失格だとかいった発言も

カメラ毎日の山岸や、友人の中平卓馬(森山大道と、ボケブレアレを写真のアートの可能性の手法として活動するものの、1963年ごろには、180度方向転換して、写真は記録でなければならないという発言を繰り返していた)などに、雑誌やメディアなどの発言で、歩調を合わせようぜとか頼まれて発言していた可能性があります


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